57. 創業家の力
まえがき
伊勢信一郎はある人物とソーレの社長室を訪問します。
ストーリー

中之島丸井ビルディング最上階のソーレ(’SORAY’)大阪本社役員会議室では緊急役員会議が開催されています。すでに本社機能のほとんどを東京本社に移しているのですが、今日は社長以下役員全員が大阪本社に駆け付けて大騒ぎとなっているのです。
それは、朝一番に経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 安全保障貿易検査官室からの輸出者等遵守基準についての質問の電話がかかってきたことから始まりました。
ソーレ(’SORAY’)の生産している炭素繊維複合材料の主力製品「PAN系炭素繊維ソレカ®」が不正輸出されている疑いがあるとのことなのです。
安全貿易管理室担当のソーレ法務部部長はすぐに社内調査を実施し、総合商社宅安物産に納品しているPAN系炭素繊維ソレカ®及び炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に疑念が持たれました。
しかし、総合商社宅安物産との大型取引は現社長月忘平雄の開発だったのです。月忘社長は宅安物産の新規受注で売上げを伸ばした功績で社長職に就いたのでした。
法務部部長による社内調査結果は役員会議に提出されました。
そして、経済産業省からは調査協力の依頼があり、その調査は民間法人のファミリーオフィス銀座代表伊勢信一郎が担当するとのことなのです。
どうして経済産業省が民間法人にこのような調査を依頼するのか、この民間法人は何なのか、協力する必要があるのかも議論されました。また、月忘社長は自らの潔白を主張しました。
法務部部長は、この民間法人は最近設立されたばかりの何者かわからないが、この調査に協力しないと経済産業省自らの強制捜査が十分に考えられ、強制調査の結果もし違反と判断されれば10年以下の懲役、1,000万円以下(または価格の5倍以下)の罰金、さらにこれが一番重いのですが3年以内の輸出・技術提供の禁止処分が下されるかもしれないことを報告しました。
また、そうすればマスコミも動いて社名に大きな傷を付ける結果になることも報告しました。
役員会議では、ソーレがファミリーオフィス銀座の調査に協力すれば、政府も穏便に済ませてくれるつもりなのではないかとの結論に至り、まずは伊勢信一郎に協力することで決議されたのです。
しかし、伊勢信一郎との面談当日、ソーレ大阪本社社長室で待つ代表取締役社長月忘平雄及び代表権を持つ副社長2名は再び大きな衝撃を受けることになります。
何と、伊勢信一郎はソーレ(旧社名 総合レーヨン株式会社)創業家筆頭で過去に社長も経験している名誉会長角山同心を同伴して現れたのです。
「これは、これは、角山名誉会長、お元気そうでなりよりでございます。お越しになられると一言おっしゃっていただければ、こんな狭い社長室ではなくお迎えする場を設けさせて頂きましたのに。」と、月忘社長以下3名の役員はややこしいやつが来たと困惑し、引きつった顔で緊張して迎えます。
「元気で悪かったな。ここで十分です。」と、角山名誉会長は社長室の黒革張りの応接3人掛ソファーの中央にどっかりと座り、両手をスネークウッドの握り手のL字型黒檀杖の上に重ねました。
その隣に執事の様に立つ伊勢信一郎は、ブラックの2つボタンクラシックヨーロピアンスタイルのスリーピーススーツにイタリア物のピンドット柄のエンジ色幅広ネクタイを締めた凛々しい姿です。
伊勢はソーレ(’SORAY’)の役員に名刺を手渡しました。その優雅な仕草に、月忘社長も「こいつは只者ではない」と感じました。
また、どうやって角山名誉会長の協力を取り付けたのかも疑問なのでした。
「単刀直入に言おう。月忘くん、筆頭株主として、代表取締役社長を自主的に退任し代表権のない取締役になることを要望する。」と、角山名誉会長はいきなり本題に入ります。
「何をおっしゃいます。お言葉を返すようですが、いくら大株主とは言え、株主総会でもない場所で経営に口出しはしないで頂きたい。」と、月忘社長は顔を真っ赤にして返答します。
「君の責任は明らかじゃないか。総合レーヨンは元々丸井商事によって設立されたもの。丸井商事以外の商社との付き合いをせずにきたのは、近江商人として利益追求だけではない社会への責任を重んじていたからです。」
「宅安物産の巨額買付けで利に走ったのがこういう結果となったのではないか。もし、経済産業省より輸出禁止処分が下されれば、君以下経営陣全員が取締役に留まることすらできなくなるぞ。」と、角山名誉会長は月忘社長を睨みつけて言いました。
「それに、株主として、君の責任追及等の訴えと違法行為の差止め請求権を行使することもできる。」
「なお、この伊勢くんのファミリーオフィス銀座は、公益財団法人みやこ財団の資産管理をしている。もちろん、角山家のソーレ株もだ。」
とたんに、月忘社長は顔面蒼白となり、両肩をがっくりと落としたのです。
経済人なら、みやこ財団の政財界と全国の資産家に対する影響力を知らない者はいないのです。2人の副社長も生きた心地がせずおろおろするばかりです。
こうして、月忘社長は伊勢信一郎に全面協力すること、全てが終ったら自主的に代表取締役社長職を退任して平取締役に降格することを約束したのでした。
そして、CNT(カーボンナノチューブ)を電極に使った新発明のノン・シリコン系有機薄膜ペロブスカイトハイブリッド太陽電池(OPHS)をソーレが大量生産受注するという情報を総合商社宅安物産役員宅安漬雄に流したのです。
解説
創業家と経営陣
代表取締役の選定・解職の権限は取締役会が有しています。取締役会は取締役全員で組織されます。取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数をもって行われます。
但し、定款でこれを上回る割合を定めている場合はその割合以上で決議されます。また、代表取締役の解職の決議については、その代表取締役は特別の利害を有するとして、議決に加わることはできないことになっています。(会社法第369条第1,2項)
したがって、創業家出身者及びその協力者が取締役の過半数を占めている場合、経営の実質も握っているといえます。
しかし、創業家といえど、経営から離れている場合は、株主の立場しかありません。
総株主の議決権の3%以上又は発行済株式総数の3%以上の株を行使前6ヵ月以上(公開会社の場合)保有している株主は、株主総会で「取締役の解任請求」をする権利を有しています。株主総会で議決権の過半数の株主が出席しており、その出席株主の議決権の過半数の決議で、取締役は解任されるのです。
代表取締役が解任された場合、取締役にも留まることができません。ただし、正当な理由がない解任の場合、取締役より損害賠償を請求される危険性があります。
または、単独株主権として、1株でも行使前6ヵ月以上(公開会社の場合)保有している株主は、「取締役等の責任追及の訴え」や「取締役等の違法行為の差止め」の権利を有します。
代表取締役の責任追及の訴えを請求したが、会社が請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しなかった場合、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができます。いわゆる「株主代表訴訟」ですね。(同法第847条第3項)
「取締役等の違法行為の差止め」については、株主は会社からの訴えを経ずとも、直接訴えを提起することが可能です。
いくら創業家といえども、取締役会の決議でない場合は、株主総会で議決権の過半数をとれなければ、裁判上の争議となり長期的になります。一般的には経営陣が有利といえるでしょう。
ソーレ(’SORAY’)では、経済産業省の調査が入ろうとしていること、創業家のみならず、みやこ財団のソーレ株主への影響力も考慮して、月忘社長は観念したのですね。







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