伊勢信一郎のゴルフ場破産競売事件
まえがき
伊勢信一郎はゴルフ場を任意売却で購入する決断をします。
ストーリー

ファミリーオフィス銀座所長 伊勢信一郎は主要不動産会社の法人営業部に宝塚市周辺の事業用地として適当な物件情報がないか依頼していました。多国籍犯罪企業WSSPの六甲山系の国土と水源の買収を食い止めるために、そして公益財団法人みやこ財団の資産運用としても、投資案件を求めていたのです。
そしてオフィスには物件情報が毎日FAXされてきましたが、その中の「宝塚すみれゴルフ倶楽部」の任意売却情報が彼の目に留まりました。
送信者は大阪駅前第5ビルの中層階に事務所を構える西急トラブル大阪支社コンサルタント営業部課長 余亘辺太です。
さっそく伊勢信一郎は余亘課長に連絡をし、詳細資料を取り寄せました。
余亘課長によると、情報の出元は同倶楽部運営会社の代表取締役社長から破産手続きの代理人依頼を受けている弁護士事務所で、破産管財人により任意売却予定とのことでした。
伊勢信一郎は余亘課長を同行させて、まず債務者(社長)代理人弁護士 矢途豪画の法律事務所を訪問しました。
「すると、先生はゴルフ場などの会社破産案件はあまりご経験がないのですね。」と、伊勢信一郎が問います。
「そうです。私は法テラスの登録弁護士として個人の債務整理、破産を主にしておりまして、このような会社の破産は初めてですね。法テラスの援助は個人しか扱わないのです。ただ、今回は社長の個人破産を法テラスの援助で、そして法人の管財事件も同時に進めることになったのです。」
「でも、管財人の先生は私より弁護士登録が早い方ですから、ご安心下さい。」と、自分ではご安心できないことを吐露した駆け出し感満載の30歳そこそこの弁護士でした。
「先生がゴルフ場の任意売却をされないのですね。」
「いやー、個人の一戸建住宅ならともかく、こんな複雑な物件は大変ですから結構です。管財人に任せますよ。」と、矢途弁護士は笑いながら言いました。
確かに同ゴルフ場開発事業区域内の売却対象敷地は150ha(ヘクタール、1ha=10,000平方メートル)で土地は約350筆あり、売却対象はその85%、残りは賃借している敷地です。その他に送電線の地役権が設定されてもいますので大変なのです。
伊勢信一郎は買収後のテーマパークとオフィシャルホテル、メガソーラー施設の転用が可能か慎重に検討しました。余亘課長と代理人弁護士矢途豪画氏からの聞き取った内容を整理し、自ら宝塚市役所と神戸地方法務局伊丹支局にも出向いて調査しました。
さらに、最大手ゼネコンの一つ大誠建設にも事前調査を依頼しました。テーマパークの本体工事を受注できれば大きい工事になりますから、事前調査はゼネコンもかなり格安で受注することが多いのです。
そして、伊勢信一郎は買収を決断しました。
※
しかし、事態は急変します。
「大変です。管財人がゴルフ場の任意売却をしないと言っています。」と、慌てた声で西急トラブル余亘課長が伊勢信一郎に電話をかけて来ました。
「落ち着いて下さい。私の事前調査では、管財人弁護士は30代後半ですが、任意売却についてはあまり経験がないようです。これまで複雑な事件は避けてこられたようです。ですから、時間がかかり売却価格が低くとも競売にしようと思われたのでしょう。」
伊勢信一郎はこのような可能性も想定していました。
破産手続きで法人の場合はほぼ管財事件となりますが、債務者の代理人弁護士と裁判所から選任された破産管財人弁護士が手続きを担当することになります。
本件は、神戸地方裁判所伊丹支部に破産申立てが提出され、破産手続開始決定後直ちに破産管財人が選任されたのです。
管財人は破産者の財産を換価処分して破産財団からの債権者配当を増やすことに努めますが、弁護士が破産管財人として行う業務は「弁護士の業務」に該当します。
破産管財人の報酬は弁護士の業務に関する報酬又は料金に該当しますから(国税庁の判断)、破産財団を増やすことは報酬を増やすことにもなるのです。
それゆえ、破産管財人は不動産を競売して落札代金を得ることよりも、任意売却にして少しでも高額売却を目指すのが一般的と言えるので、代理人矢途弁護士も任意売却に進むと思っていたのです。本件で任意売却をしないことは意外なことでした。
「どうすれば任売(任意売却の略称)にできるでしょう。」と、競売なら1円の仲介手数料も入らないと焦り、伊勢信一郎に問う余亘課長。
「管財人弁護士は先順位の担保権者には売却価格での同意がとれるが、後順位の担保権者がその売却価格では配当がないので納得できず高額の抹消料を請求するのではないかという心配が強いのだと思います。競売なら強制ですからね。でも、解決する方法はあるのですが。」
伊勢信一郎はデスクでブルーマウンテンを飲みながら返します。
「それはどんな方法ですか。私は何とかしてこの取引を成立させたいのです。」と、余亘課長。
「それは私どもも同じです。必ずこのゴルフ場は買収します。競売だと時間がかかりますから避けたいのです。ただ、この解決方法を代理人矢途弁護士に伝えて、管財人弁護士に教えることは難しいでしょうね。管財人弁護士の方が弁護士登録が早いですから。彼らはプライドも高いですし。」
「では、どうすれば。」
「策があります。管財人弁護士が居候弁護士(いそべん)をしていた頃の弁護士に当たりましょう。」と、伊勢信一郎は余亘課長を安心させました。
そして、伊勢信一郎は管財人弁護士が居候弁護士をしていた法律事務所を訪れ、所長の弁護士に事態を説明し協力を求めました。その際には、ファミリーオフィス銀座と公益財団法人みやこ財団の目的も含めて説明したのです。みやこ財団の名前を聞いて所長は直ぐに動くことを約束しました。それだけの影響力があるのです。
その結果、伊勢信一郎の計画通り、破産管財人弁護士は「宝塚すみれゴルフ倶楽部」の競売を取下げ、任意売却を進めることに応じたのでした。
※
「教えて下さい。いくら前に勤めていた法律事務所の所長から諭されたからと言って、破産管財人弁護士は何故こんなに直ぐ任意売却に応じたのですか。」
買収決済が完了した後、西急トラブル大阪支社の応接室でコーヒーを飲みながら、余亘課長は伊勢信一郎に問いました。
「彼は、「担保権消滅請求制度」が民事再生や会社更生のような事業継続する場合だけでなく、破産して清算する場合にも使えることを知らなかったのですよ。それを用いれば破産財団の組入金額も増え、自らの報酬も増えるのですから。そのやり方を所長に教えられたのです。」
ソファに足を組んで優雅に座り、コーヒーカップを左手に持って、微笑んで問いに答える伊勢信一郎。安物のコーヒーでさえ飲む姿もダンディーです。
「それはどんな制度なのですか。」
「簡単に申し上げると、任意売却して抵当権等の担保権を消滅させることが破産債権者の一般の利益に適合するときは裁判所に担保権消滅を請求する申し立てができる制度です。」
「任意売却価格では納得できない担保権者は担保権実行の申立て(競売)をするか、売得金額に5%以上上乗せした価格で自ら買受けを申出するか、決定に即時抗告するか等の対抗手段をとることが可能ですが、任意売却価格では配当されない程度の後順位担保権者で高額の担保権抹消料を狙う程度の者がこれらの対抗手段をとるとは思えません。」
こうして、思わぬ勉強不足の弁護士により頓挫しかかったゴルフ場買収も、伊勢信一郎の手によってさらりと解決されたのでした。
「伊勢信一郎のゴルフ場破産競売事件」完
解説
管財人の任意売却の方法については、鑑定や入札の手続きをしないでも、適切な時期、方法、相手方を選んで、自由に換価することができるという判例が出ています。また、このような任意売却の手段は、「別除権」として、破産手続きに関係なく進めることができるのです。
しかし、後順位抵当権者等の担保権者が難色を示す場合には、
「破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき担保権(特別の先取特権、質権、抵当権又は商法 若しくは会社法 の規定による留置権をいう。)が存する場合において、当該財産を任意に売却して当該担保権を消滅させることが破産債権者の一般の利益に適合するときは、破産管財人は、裁判所に対し、当該財産を任意に売却し、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める額に相当する金銭が裁判所に納付されることにより当該財産につき存するすべての担保権を消滅させることについての許可の申立てをすることができる。ただし、当該担保権を有する者の利益を不当に害することとなると認められるときは、この限りでない。」(破産法第186条第1項)
このように担保権消滅の許可の申立てをすることができるのです。これが、「担保権消滅請求制度」なのです。
この制度は、担保権者の反対により売却物件の換価を諦め、破産財団から放棄してしまうことのないように改正された制度なのです。
但し、担保権者の利益を一方的に損なうことのないように、破産財団組入金額についての担保権者との事前協議義務や、不当に担保権者の利益を損なう申立ての却下、担保権者の買受申出(売得金額に5%を加えた額以上)を認めるなども定められています。
なお、民事再生での「担保権消滅請求制度」は、事業者が事業を継続するのに当該財産を担保権者に実行(競売)をされると事業の継続が不可能となるために用いられる制度です。
会社更生での「担保権消滅請求制度」は、更生会社の事業の再生のために必要である場合に用いられる制度です。
伊勢信一郎は担保権者が買受申出できないくらいの高額で買受けたのですね。それでも、多国籍犯罪企業WSSPを阻止するためには必要な投資だったのです。






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