27. きつねの策略
まえがき
川西達郎と花子さんはしぶがき銀行の突然の来訪を待ちます。
ストーリー

帰りのひかりの2人掛けシートの通路側に、川西達郎は塞ぎ込んで座っています。親友の黒枝豆男が、「仕事終わりまで待ってくれ、久しぶりに飲もう。」と引き止めるのを虚ろな状態で断り、飯田橋からJR東京駅までタクシーで戻ってきたのです。
みどりの窓口では職員が、「のぞみにしますか、ひかりですか。」と聞いたのに対し、「のぞみ(望み)は、ない!」と叫んで周りを驚かせたことも本人は覚えておりません。
頭の中では、従業員の顔が順番に浮かんできます。「安田は先代の頃から勤めて腕も確かな職人だが、酒を飲むと人が変わり暴れて何度留置所に身元引受けにいったことか。石川は腕は未熟だし、仕事より園田競馬が三度のめしより好きだ。河本は若手の中では抜きん出てる腕前で娘の佐紀を嫁にやっても良いと思っていたが、経営は嫌だと言われた。後は…思い出しても仕方のない連中ばかりで、どう考えても従業員で後継者になれる者は、いない。」
川西達郎は、息子の俊夫に窯元を継ぐ気持ちがあるなら、自分は当分引退せず会長として残ってフォローすることで、一人前の経営者になるまで育てよう、できるはずだという思いと、経営者として冷静に、受け継いだ伝統を絶やすことはできないぞという考えが葛藤しています。
結論が出せないまま、飯田橋を出て5時間かかって有馬焼窯元清和に帰ってきたところ、体の丸い奥さんの花子さんから、明日しぶがき銀行の支店長が訪問すると電話があったよと伝えられました。
翌朝、花子さんは川西達郎の好物の厚焼き玉子を焼いて豪華な朝食を用意しました。
「お父ちゃん、好物の厚焼きあるから、冷めんうちに食べてや。」と、目覚めているのに布団にくるまって起きてこない川西達郎を急かします。
二人とも毎朝時計のアラームをセットしなくとも5時には目覚めているのですが、今朝は8時の遅めの朝食をとっています。
「それで俊夫はどう言うとった。」と、昨晩花子さんに電話させて本人の気持ちを確認したのでした。
「うん、東京の生活が楽しいらしいわ。会社にも同期の会があって寂しくないみたい。」と、花子さんは答えにくそうに返しました。
「そうか。戻りたくない、か。」と、川西達郎。
「お前のお父さんには顔向けできんことで申し訳ないけど、俊夫が後を継ぐ気持ちがないなら、うちの従業員には適任はおらんから廃業することを考えんといかん。」
「お父ちゃん、待ってよ。今日、しぶがき銀行さんが9時に来はるやん。もしかしたら、今のままで融資してくれるようになったんかもしれんよ。支店長さんが来はるって言ってたから。」と、花子さん。
二人はしぶがき銀行の木津根支店長の来訪を待つことにしました。
9時5分前に、シルバーのサニーワゴンが店の駐車場に着き、しぶがき銀行藤原台支店の木津根支店長と田貫次長が姿を現しました。
昨日、様子をうかがうために赤ら顔の田貫次長が窯元清和に電話したところ、川西達郎が東京に行っていると花子さんから聞いて、急遽支店長と二人で伺うことにしたのです。
木津根支店長の脳裏には遡ること数週間前、急に本店に呼ばれたことがありありと思い出されていました。また今月も営業成績が上がってないことのお灸をすえられると覚悟していたのですが、応接室でプライベートバンキング部の部長に何とVIPの顧客を紹介されたのでした。
その顧客は有馬町での観光開発を計画しており、地域の土地の買収を進めたいとのこと。特に瑞宝寺公園周辺は奥の山林も含めて買い取りたいとの話でした。そこにはちょうど藤原台支店の顧客の窯元清和の工房があります。木津根支店長はこれはおいしい話になるぞと一計を案じて、川西達郎の希望する追加融資を断り、既融資金の更新を渋って、田貫次長に様子を探らせていたのです。
「これをうまくまとめれば、VIPの観光開発会社を顧客にでき、用地買収資金の融資もできるぞ。そうなれば定年まであと2年、俺は安泰だ。いやうまくいけば本店の役員は無理としても、子会社のほしがきクレジットの社長くらいなれるかも。」と、木津根支店長は自然と顔がニヤついてきました。
解説
M&Aでの会社譲渡
企業の経営者が、同族以外に事業を承継する場合、所有株式を買収企業に売却することになります。税務上、売却価値(株式譲渡の対価)は企業の資産(時価)から負債を控除した金額となります。売却価値から取得費(資本金)を控除すると株式譲渡所得となり、その他の所得と区分して税率20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)が申告分離課税されます。
企業を清算した場合には、清算企業に法人税が課税される上に経営者に株式配当課税がされますから、M&A(Merger and Acquisition 合併と買収)で他企業に所有株式を売却するほうが税務的に有利といえます。
買収した企業は株式を取得した企業を子会社にすることになり、所有権と経営権を持ち、従業員の継続雇用等で事業を継続でき、新たに企業を設立するよりも費用と手間がかからない利点があります。また特許等も維持できます。
株式を売却した経営者は、流動性の低い自社株を流動性の高い現預金にすることができ、相続時の納税資金に当てることもできるわけです。
企業買収は一般的に、M&A仲介会社を立てて交渉するか、各自がアドバイザーを付けて交渉することになります。その後、直接会談し合意すれば基本合意書を締結します。
次に買収会社が、買収する企業価値の最終確認としてデューデリジェンス(事業調査)を行い、問題なければ最終契約(本契約)を締結するのです。
参照「株式等を譲渡した場合の課税(申告分離課税)」国税庁サイト








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