2. 有馬焼窯元の夢

2024年8月25日

まえがき

 人生の終末を意識しだす頃、その後の家族の心配が心を支配します。そうなってほしいと夢を持つのですが現実との差に悩みもします。

ストーリー

工房のろくろ

 兵庫県神戸市北区有馬町、六甲山系から北方に伸びる尾根筋に続く谷間には日本三名泉の一つ有馬温泉街が広がっています。その東端に太閤秀吉が愛した紅葉の名所である瑞宝寺公園が広がっており、六甲山地の水脈有馬川が温泉地に流れています。

 この有馬川沿いに皇室献上の陶器有馬焼窯元の大きな工房が建っています。有馬温泉地のこの辺りは名産の炭酸せんべいができた炭酸水の地下水が流れています。日本六古窯の一つである丹波篠山市の丹波焼窯元で修行した初代当主清和がこの地下水を陶器に活かしたいと試行錯誤して炭酸水の滲み込んだ灰と鉱物を使い独特の味わいを出す釉薬ゆうやくを作り、有馬焼と命名したのが最初でした。いまは三代目清和こと川西達郎が当主として守り継いでいます。

 もともと初代清和は地元の領主であり、かつては尾根続きの山林から駅前までの広大な土地を所有していましたが、三代目の頃には相続税の物納や固定資産税の納付、そして工房を大きくする設備投資のために良い土地はほとんど手放し、今は山林と工房の敷地のみが残っています。

 三代目清和は窯元として伝統を継承することはもちろん、経営の才覚があったのでしょう。有馬温泉とタイアップして観光客の陶芸教室を開いたり、土産物品としても定着させて工房を大きくさせてきました。特に独特の光沢を放つ陶器が好評を博しています。

 川西達郎は先代の元で修行し娘の婿養子として入ったのでした。今でも声が大きく元気で体の丸い奥さんに逆らうことはできません。といっても夫婦仲が悪いわけではなく、奥さんとはいつも一緒に工房で働いています。しかし経理は奥さんがしっかり握っていますので、いまは月に1度営業と称して外出し宝塚歌劇にオペラグラス持参で一人で行くのが唯一の楽しみなのです。

 達郎には2人の子供がいます。長女は奥さん譲りでしっかりし過ぎていますので心配しましたが去年何とか嫁に出しました。一方達郎譲りの頼りない長男は芦屋市の私立大学を今春卒業した後、こねで東京の上場会社に入れました。

 長男は達郎が40歳過ぎに出来た男子だったので、可愛くて甘やかし放題だったせいか、大変頼りない男に育ってしまいました。達郎と奥さんの夢は息子を四代目にすることなのですが、今のままではとても任せられないと思っています。そのため親元を離れ東京で暮らして他人の飯を食わせて鍛えられればと願っているのです。

解説

 人生の中間点を過ぎた者にとって、新たに道を歩み始めることは難しいと言わねばなりません。若かりし頃より持ち続けた夢を実現できたわずかな人以外は目の前にある現実の山を登ることに全力を尽くさざるを得ず、夢の達成から徐々に離れてきてしまいました。

 ここでいう夢はこれからプロ野球選手等を目指すものではございません。家族のあるべき姿、暖かい家庭を継続させることなのです。金融資産や不動産などの実物資産を増やし保持するのは家庭を守るための手段に過ぎません。お金には物の購買力、子供等への経済的支援力、他人に仕事を任せて自分の時間をつくる力があります。しかし、お金だけでは家族の抱える課題を解決することはできないのです。