22. 有馬温泉の朝
まえがき
坂元八造は有馬温泉街にある息子のお嫁さんの実家に挨拶に行きます。
ストーリー

翌朝、坂元八造はぐっすり寝ている金田俊哉を起こさないようにそっと布団を抜け出て大浴場の朝風呂を浴びに行きました。朝の一番風呂を満喫してさっぱりし部屋に戻ると、金田俊哉がちょうど起きたところでした。そして二人で食事処で和食の朝食を摂りました。二人とも昨日の話は忘れたようにオフィスへの疑念を話題に出しませんでした。そして、出発まで一時間ほどあるので、坂元八造は散歩してくると一人で外出をしました。ひんやりとした空気が少し肌寒く感じられます。
本当は仕事で有馬に来たのでそんな時間も取れないと思っていたのですが、先日息子のお嫁さんが帰省する際、息子の一八も同伴して宿泊したご実家の有馬焼窯元が目と鼻の先にあるのですから、やはり挨拶もせずに素通りはできないと思いました。
宿の「湯治坊」から東へ徒歩で17分ほどで瑞宝寺公園の入口が見えました。公園の木々は朝露に濡れていますが、紅葉になりかけています。坂元八造は太閤秀吉が愛用したといわれる石の碁盤をホゥと声を出して見物しました。横を流れる有馬川の清流の音が気持ちよいです。この有馬川沿いに三階建の大きな工房が建っています。大きな看板の「皇室献上陶器 有馬焼窯元清和」が目を引きます。その一階の店舗のシャッターは開いていますが、まだ開店はしていないようです。
ガラスの自動ドアは開きましたので、「ごめんください。」と、坂元八造は奥に向かって声をかけましたが、誰も出てきません。もう一度、少し大きな声で、「ごめんください。坂元でございます。」と呼び掛け、しばらく待ってみても返事もありません。
「あれえ、留守か。でも開けっ放しで物騒だぞ。」と、思っているうちに、車体ドアに「有馬焼清和」と書かれた白色の軽貨物車ハイゼットカーゴが近づいてきて店舗の前で止まり、運転席から丸い奥さん川西花子が出てきました。
「まあ、坂元さんじゃないですか!」と、奥さんは驚いています。あいかわらず大きな声です。
「結婚式以来ですね。ご無沙汰しております。」と、坂元八造は丁寧に挨拶します。
「すみません、いま主人を駅まで送っていたものですから。」と、奥さんは慌ててイスを持ってきて坂元八造に勧めます。
「いえいえ、お構いなく。ちょうど仕事で有馬に来ましたので、ご挨拶だけでもと思いまして。」と、坂元八造は昨日研修後に神戸三宮センター街で買った風月堂のゴーフルを差し出します。
さて、時間を少し遡ると、昨日のお昼頃、宝塚ホテル2階のビュッフェで坂元八造と金田俊哉が不動産業者の深田金司に土地物件資料の読み方の講義を受けていた時、有馬焼窯元では三代目清和こと川西達郎が、メインバンクのしぶがき銀行から工房の短期借入金の返済期日延長を渋る電話を受け、顔を真っ赤にして受話器に怒鳴っていました。担当の銀行員が営業に来た際、運転資金の追加融資を頼んだところが断られ、さらに既融資分の引き上げにかかっているのです。
昨年娘さんの結婚で現金が必要になった時、会社にした工房が川西達郎から借りている運転資金を法人口座から川西達郎に返済しようとするのをしぶがき銀行の担当者が止めました。仕方なく個人の定期預金を無理に解約したのですが、それが良くなかったのかもしれません。
そして、今朝奥さんに駅まで送ってもらって、川西達郎はしぶがき銀行に急いで向かったのでした。
解説
短期借入金
短期借入金とは返済期日が1年以内の借入金のことで、1年を超えるものは長期借入金として区別します。短期借入金は売上が回収できれば返済するというつなぎ資金と言えます。長期借入金よりも低い金利で審査もそれほど厳しくないのが一般です。
同族会社の場合、経営者は法人の事業資金借入の連帯保証人となり、所有の未公開自社株を一族外に譲渡することもできず、増資も一族外に引受けを依頼することは経営権の維持を脅かすことになりますのでできません。したがって、個人での法人への貸付金が増えていきます。また、メインバンクでは経営者の定期預金なども望みます。担保とともに、経営状態の動きをいち早く察することができるからです。
ところが、経営者が私的に資金が必要となり、貸付金の一部の返済を受けようとしても、経営状態が一定以上に改善しない限り、事業資金を融資しているメインバンクは自行の債権担保と回収を優先してなかなか承認しようとせず、かえって1年以内の短期借入金があれば返済期日を延長して更新することを断るなどの圧力を掛けてきます。短期借入金では毎月は元本の返済をせずに金利支払いだけでしのいで、返済期日で一括返済する場合が多いですが、売上回収が遅れるなどで返済期日の延長を望む場合も多いのです。
万一更新ができないと、経営者がさらに貸付金を増やさない限り、例えば生命保険の解約、保有資産の売却などで他から資金調達をして来ないと、会社の経営はさらに厳しくなります。しかし不動産の場合は共同担保に入っている場合も多いでしょうから、すぐに売却というわけにもいかないのです。そして定期預金の解約も渋られるのが常です。
その上、メインバンクが短期借入金の更新を拒否して一括返済せざるを得なかった場合、担保不動産の抵当権が完済で抹消されますが、二番手、三番手の債権者である金融機関は登記記録を定期的に確認しますので(それをサービスとする会社もあります)、異動があると不審がって二次的、三次的な引き上げが発生する危険性もあるのです。
その結果、本来の事業収益は出ているのにも係らず、倒産に至る場合もあります。借入を1年を超える長期借入金ではなく、金利が低いからと短期借入金に重心を置いていると、このような危険性があるのです。
有馬焼窯元では、長男に事業承継することを見据えて法人化し、工房を建替えて設備投資したことが経営に重くのしかかっています。そこで、更新されないと大変なことになるので、川西達郎はしぶがき銀行に慌てて向かったのです。








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