23. 後継者の存在

2024年8月31日

まえがき

 川西達郎はしぶがき銀行藤原台支店に短期借入金の延長交渉に行くが。

ストーリー

岡場駅

 神戸電鉄有馬線「有馬温泉」駅から一駅の「有馬口」駅で三田線に乗り換え、二駅目の「岡場」駅で川西達郎は降りました。駅から徒歩5分の人通りの少ない通り沿いに、外壁の塗装があちらこちら剥がれ落ちた昭和時代の建築3階建の、しぶがき銀行藤原台支店が地味に建っています。

 岡場駅前には三井住友銀行エコール・リラ藤原台支店を筆頭に、みなと銀行、但馬銀行、中兵庫信用金庫、兵庫信用金庫、日進信用金庫、さらにはJA兵庫六甲にゆうちょ銀行と強豪がひしめき、ニュータウンの顧客の預金と住宅ローン獲得で熾烈な争いをしており、しぶがき銀行はその立地からも第二地方銀行といえど苦戦を強いられ、木津根きつね支店長は本店への毎日の営業報告に肝を冷やしています。

 新規開拓が進まない中、せめて不良債権の発生だけは避けたいと木津根きつね支店長は非常に消極的になっており、定年まであと2年を何とか無事に焦げ付きなく過ごすことが最大の関心事です。

 来店した川西達郎は、融資窓口の担当者に木津根きつね支店長を呼んでくれと告げて応接室に通されましたが、木津根きつね支店長に「適当にあしらえ」と命じられた田貫たぬき次長だけが、応接室に顔を出しました。

 「何や、木津根きつね支店長おらへんのかいな。きのう電話したやないか。」と、川西達郎はすでに戦闘モードです。

 「えらいすんまへん。急に本店の重要な会議が入ったもんで。話は聞いてますから。」と、赤ら顔の田貫たぬき次長が答えます。腹回りだけは重役級です。

 「ほな聞くけど、定期を下ろしたら、融資を引き上げるんかい。」と、田貫たぬき次長の目を睨んで言います。

 「いやいや、川西さん、そうやないんですわ。定期預金は川西さん個人の分ですから、それと会社への融資とは別の話ですわ。」と、なかなかやんわりと受け流します。

 「私どもが懸念してますんは、失礼ですが、川西さんのお年なんですわ。」と、痛いところを突いてきます。田貫たぬき次長、なかなか名前の通りタヌキです。

 「どうしても、ご年齢を考えると、追加融資や更新して大丈夫かなと心配してしまうんですわ。いや、木津根きつね支店長は今まで通りにしたいと思っとるんですが、本店がウンと言わへんのです。」と、言ってチラリと川西達郎の顔色をうかがいます。

 「あのー、息子さんは確か去年大学を卒業なさって、東京の上場会社で修行されておられると伺ってますが、もうそろそろ後を継ぐ予定にはなってはらへんのですか。」

 「息子さんが代表者ということやったら、本店にも強く言えるんですが。」と言って、川西達郎が言い返せないのを確認します。

 「とりあえず、追加融資は申し訳ないです。それと、来月の期限の分の返済については、何とかもう一年の返済期日延長を本店に掛け合いますが、何もなしでは言いにくいんで、どうですやろ、また定期預金をしてもらえまへんか。」

 と、冷静に考えれば論理が無茶苦茶なことを田貫たぬき次長はサラリと言ってのけました。

 失意の川西達郎が有馬温泉駅から歩いて窯元清和に戻ったのは、午後2時を過ぎていました。

 「おかえり~!駅から電話くれたら迎えに行ったのに!お昼ごはんは外で食べたん?」

 と、大きな声で体の丸い奥さん花子さんは言って、主人の顔色の悪さに気づきました。

 「お父ちゃん、あかんかったん?」

 黙って、デスクチェアに座り、花子さんの注いだ玉露をごくりと一口飲んで、川西達郎はようやく重い口を開けました。

 「明日、東京へ行ってくる。とりあえず一年の返済期日延長はできるが、あと一年以内に俊夫に後を継がさんと、終わりや。」

解説

自営業者のローン

 融資を受ける際、申込人の年齢が高くなると、事業資金にしても住宅ローンにしても審査が厳しくなります。金融機関にすれば、いくら融資金に保証協会の保証付きであったり、団信(団体信用生命保険)を付加させているとしても、事故が起きること自体が自店のマイナス評価につながりますので、嫌がるのです。

 住宅ローンの場合では、借入時年齢が満20歳以上満70歳未満で、最長35年返済、完済時年齢80歳未満と規定している金融機関が多いです。しかし実際は会社員の場合でも、満50歳を過ぎてでの申込みは審査が厳しくなり、退職金があるかどうか、使い道、一部返済等の条件付けもされる場合もあります。

 自営業者の場合はそもそも普通の住宅ローンのテーブルに乗らないのです。過去3期分の確定申告書及び決算書と納税証明書(その1、その2)の提出を求める銀行も多く、売上ではなく所得金額で融資金額を算定します。法人役員で過去3期のうち赤字があれば融資不可とされる金融機関も多いのです。所得は300万円以上が安定してあることが求められることも多いでしょうから、ギリギリまで節税をされるのは控えなければなりません。

 しかも、金利は会社員なら優遇金利で0%台からですが、個人自営業者や法人代表者では金利3.5~5%での借入条件で、しかも完済時年齢満70歳未満等にされてしまいます。

 したがって、住宅ローンでは会社員と自営とで差がつかない「フラット35」が好まれます。持病をお持ちの方も銀行ローンは団信に加入できなければ融資不可ですが、フラットでは団信加入は任意です。

 また、自宅を店舗兼住宅にされている場合、店舗部分が全体の面積の2分の1以内にしないと住宅ローン控除も使えません。

 事業融資においても、64歳の川西達郎に貸すよりは、20代の息子俊夫くんに代表者となってもらって貸す方を金融機関は望むのです。