39. 神戸旧居留地
まえがき
有馬焼窯元清和の三代目 川西達郎と花子はM&Aの買主との面談に向かいます。
ストーリー

兵庫県神戸市中央区、JR三ノ宮駅から駅前通りのフラワーロードを南下し徒歩10分のところに神戸市役所の地上30階建、高さ132mの一際高い庁舎があります。
神戸市役所庁舎の南側は「神戸中央区東遊園地」です。遊園地といっても散歩道のある広さ2.7ヘクタールの公園で、芝生では演奏会が定期的に開催されており、神戸市民の憩いの場となっています。
その南端の大きな日時計である「こうべ花時計」は神戸市のシンボルとなっています。
さて、「神戸中央区東遊園地」の西側で元町の大丸百貨店までの地域は、鎖国後に開港されて来日した外国人の居留地として発達した場所です。
この地域は「神戸旧居留地」の愛称で呼ばれ、現在では神戸新ファッションの発信地となっています。神戸のおしゃれなエリアというわけです。
また、毎年12月には阪神淡路大震災の鎮魂のために考案された、イルミネーションが美しい「神戸ルミナリエ」が開催されているエリアでもあります。
この「神戸旧居留地」内の一角にしぶがき銀行の本店があります。
皇室献上陶器の有馬焼窯元清和の三代目 川西達郎は体の丸い奥さんの花子さんと二人でフラワーロードをしぶがき銀行本店営業部に向かって歩いています。
20代の独身の頃に花子さんとデートするために買ったベージュのステンカラーコートをはおり、その下はめったに着ることのない紺のスーツとネクタイ姿ですが、その裾をダブルにしたスラックスが時代を感じさせます。
隣の体の丸い奥さんの花子さんは、美容院でセットしたままの髪でしっかりと化粧をし、グレーのカシミアコートに白のワンピース、さらにここぞと思って箱から出してきたシャネルのカーフスキンブラックのバックを左肩に掛けています。黒い靴には3センチものヒールが付いています。
しぶがき銀行藤原台支店の木津根支店長から紹介を受けた事業の買主との面談なのです。
その買主は有馬焼窯元清和の自社株と工房、山林も含めて買ってくれるというのでした。
しぶがき銀行から、既融資分の期限までに基本合意を買主と結ぶことを条件に、M&A(企業買収)が完了するまで返済期限を延期してもらう約束となっています。
取り急いで、顧問税理士の柳先生に算出してもらった自社株の評価と、地元の不動産業者に査定してもらった自宅兼工房とその敷地及び所有の山林の価格、さらに営業の「のれん」を元に考えた売却希望価格は、すでにしぶがき銀行から買主に伝えられています。
また、2番抵当権者のオクラ信用金庫にもすでに売却の意志を伝えています。今日の面談で買収価格や従業員の今後などについて話がまとまれば、そのまま基本合意書を締結する流れになっているのです。
「おとうちゃん、ルミナリエのゲートがあるわ。」と、花子さんが昼間で点灯していない電球のいっぱい付いたガレリア(光の回廊)と呼ばれるゲートを見上げて言いました。
「阪神淡路大震災は平成7年1月17日やから、もうすぐ30年になるんやねえ。」
「もうそんななるか。あの日は夜が明けても空一面が火と煙で夕日のように真っ赤やったなあ。歩いたらガス臭くて、電線が切れて地上で火花散らしてな。爆発せんかと恐かったで。ビルはあちこちでコケとったし。」と、川西達郎は当時を思い出します。
ちょうど、前日の晩に三宮で同業者の新年会に参加して、たまたま駅前のホテルに泊まっていて被災したのでした。
「買主さん、恐い人やったら嫌やねえ。」
花子さんの想像する企業買収の買主は、チンピラの子分2人を連れた金貸しで、息子の借金の形に旅館を乗っ取ろうとする、金ぴかのスーツを着たような悪者なのです。
「お前、喜劇の見過ぎや。」と、川西達郎がつっこみますが、その頭の中にも同様の情景が鮮明に見えています。
何しろ、吉本新喜劇に笑い、松竹新喜劇に泣かされ、宝塚歌劇にときめいた世界にどっぷり浸かって育った世代なのです。
「大丈夫や、たぶん。」と、自信なさそうです。
そうこうするうちに、旧居留地内にあるしぶがき銀行本店営業部のガラス張りの建物に到着しました。
「大丈夫や。」と、川西達郎は再度つぶやくのでした。
解説
法人企業M&A
個人事業主の場合は、事業に用いられる不動産、車両、機械等については、経営者個人が所有して事業に使用しています。
一方、法人企業の経営者の場合は、これらは会社資産となり、経営者はその価値分を株式で所有することになるのです。したがって、法人企業のM&Aでは、経営者は所有株式の譲渡をすれば良いことになります。
しかし、社屋を建てるのに、経営者個人所有の敷地に借地権を設定している場合は、社屋と借地権の譲渡とするか、経営者個人の敷地も含めて譲渡するかによって、当然買収価格に差が生じます。
川西達郎は、個人所有地の上に、法人窯元で銀行融資を受けて自宅兼工房を建築しています。借地料を窯元から受け取ると同時に、自宅家賃を窯元に支払っているのです。
法人には土地の借地権が発生します。借地権価額は、地域によって異なりますが、借地権割合は相続税の算定基準となる路線価図や倍率評価表に記載されています。
更地価額 × 借地権割合 = 借地権価額
一般的には、借地権価額は更地価額の60~70%、底地価額を30~40%と見るのです。
川西達郎のように、個人所有の底地も併せて売却する場合は、買主は土地建物の完全な所有権を取得できるのですから、土地が完全な所有権になることによる価値の「増分」も評価しなければなりません。
のれん
のれんは、実際に支払う買収価格と被買収企業の純資産額とに差が生じる場合、その差はその被買収企業の他社より優れた製品のブランドやその製造技術の信用の無形の価値と考えられて、支払われるのです。
買収価格 – 被買収企業の純資産額(資産から負債を控除した額、株式の時価評価) = のれん
のれんの評価額は、買収した企業が将来受け取るであろう超過収益の現在価値なのです。この超過収益は減少するものと考えられています。
日本での、のれんの会計処理方法は、
「のれんは、資産に計上し、20 年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却する。ただし、のれんの金額に重要性が乏しい場合には、当該のれんが生じた事業年度の費用として処理することができる。」(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準32」(最終改正平成31年1月16日、企業会計基準委員会)より)
「のれんは無形固定資産の区分に表示し、のれんの当期償却額は販売費及び一般管理費の区分に表示する。負ののれん(取得原価が、受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額を下回る場合)は、原則として、特別利益に表示する。」(同会計基準47.48.より)
と、されています。
なお、欧米では減損処理されるのが一般的です。








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