44. 退職金
まえがき
川西達郎と花子さんは西川真と退職時の条件について話し合います。
ストーリー

神戸市中央区、JR三ノ宮駅の南側の神戸旧居留地にある、しぶがき銀行本店営業部の2階の約8帖の広さの第三応接室では、いままさに皇室献上陶器の有馬焼窯元清和の売却話が進んでいるところです。
「私どもに事前にご提示いただきました譲渡代金は、株式会社有馬焼窯元清和の全株式譲渡代金と、個人所有の住居兼工房敷地及び有馬川沿いの六甲山系までの山林の譲渡代金の合計でございますね。」と、譲受け側の不動産コンサルタント西川真が確認します。
川西達郎は黙ってうなづいた後に、こう付け加えました。
「社長(わし)と専務(花子)の退職金はもらいます。それと、従業員はそのまま雇用を続けて頂きたいのだが、社長退任時にいくらか渡したいのです。」
花子さんも大きくうなずきました。
「つまり株式譲渡代金は、役員の退職金と従業員への一時金を支払った後の金額ということですね。」と、西川。どちらも想定していた内容です。
「退職金や一時金の原資は、会社で契約されている長期平準定期保険の解約金を充当することができます。」と、木津根支店長が言葉を添えました。
「適正な範囲内での退職金と従業員への臨時賞与と考えましょう。次に、従業員の方々については、最終契約後に面談をして残留を希望するか確認をいたしますが、川西様には事前に従業員の方々に事情説明と面談があることの説明をお願いいたします。」と、西川真は川西達郎の目をじっと見て述べました。
「もちろんです。全員残ってくれると信じてはいるが、若い篤二郎を後継者にするということで、古参の者が反発せんかったら良いのですが。」と、川西達郎は和田篤二郎という将来性のある後継者への期待と、厳しい状況に従業員を置かざるを得ないことの苦しみが綯い交ぜになった様子で返答しました。
「で、いつ頃に従業員には言ったらいいんですかな。」と、川西達郎は少し心配そうに聞きます。
西川が答える前に、木津根支店長が西川をチラッと見て先に言いました。
「川西さん、できるだけ遅い方が良いですよ。役員は奥様以外には娘さんを取締役にされていて、株主はご家族4人だけですから、娘さんと息子さんには少し早く話されて同意をいただいて下さい。」
「また、従業員の方や取引先などには最終契約書の締結後に説明するようにしたら良いです。もしよろしければ、メインバンクの私どももお話の場に同席いたします。」
ほしがきクレジットの社長の目のためには、何としても取引を無事成立させ、買収後もメインバンクとの既成事実を作るためにと必死の形相で申し出ました。
西川真は木津根支店長と川西達郎を交互に見ながら、自分の過去を思い出していました。
彼は現在、不動産コンサルタントとして成功し、富裕層と呼ばれるだけの運用資産を所有していますが、これまでに何度も会社を潰して辛酸を嘗めては立ち上がって来たのです。
なので、川西達郎が自分達だけ逃げて従業員を置いていくことで引け目を感じていることも、痛いほど分かるのです。
それ故、決断した川西達郎と花子さんに対してビジネスではあるが、できるだけ誠実な取引はしたいと思っています。
「私も木津根支店長のおっしゃるようにされることがよろしいと思います。和田篤二郎君には有馬焼の伝統をしっかり受け継いでもらい、今後の発展のための営業活動にも積極的に動いてもらうつもりです。」
「また、彼の補佐役として、こちらから優秀な経理部長を就かせる予定にしています。当初は、私が采配を振りますが。」
西川は川西達郎と花子さんが安心するように、言葉を選びながら述べました。
しかし、西川にはずっと心の中に引っかかっていることがありました。
この有馬再開発プロジェクトは客の流れをうまく作れば、阪神間の富裕層を主な顧客とすることができる計画であり、西川アセットコンサルタントにとってさらなる売上向上と優良顧客の獲得につながると業務を引き受けたのでした。
しかし、出資者である一般社団法人日本名勝保護協会(JSSP)の理事から、この有馬焼窯元工房から六甲山系にかけての山林、有馬川に沿った土地は価格に構わず広く買収を進めるように強く指示されていますが、何故このプロジェクトに必要なのか疑問なのです。
確かに、陶器と釉薬のために良い水質の水が得られることは大切ではあるのですが。
また、慎重な性格の彼は、必ず取引関係者については事前に商業登記簿、取得免許、行政処分歴等を調べており、この出資者(JSSP)については特に問題はないようでした。
しかし、理事から多国籍企業の日本法人と説明を受けていましたが、この多国籍企業(WSSP)の事業内容等について実態が全く不明なのでした。
「あの、有馬焼を今後どのように発展させるおつもりか、教えていただけますかな。」
川西達郎が西川真に工房のその後について尋ねました。
解説
M&A退職金
内国法人がその役員に対して支給する退職給与は、事前に所轄税務署長にその役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の定めの内容の届出書を提出することにより、損金に算入できます。但し、不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額などは損金として認められていません。(所得税法第34条)
したがって、損金算入可能な退職金の適正額の算定方法として、一般的に功績倍率方式を用いています。

功績倍率は、同種・類似規模の法人の役員退職給与の支給事例における功績倍率の平均値あるいは最高値の範囲内で決めます。オーナー経営者の場合、1~3倍の範囲内で決められ、3倍程度が多いと思います。但し、事情によっては 2倍以上でも損金と認められない危険性もありますので、税理士、会計事務所等とよく相談しておくことが肝要です。
株式譲渡代金を、退職金受給と残額を株式譲渡代金に分けて受領することは、売主は退職所得税と譲渡所得税の節税になり、買主も役員退職金の損金計上で法人税の節税につながるので行われる場合もあります。しかし、役員在職年数が5年以下の場合(特定役員等)は、節税のメリットがありませんので注意が必要です。
株式譲渡承認
株主は、その有する株式を譲渡することができます。(会社法第127条)
しかし、非上場企業の株式が無制限で自由に譲渡されると、会社経営の安定性に支障を生ずる危険性があります。そのため、株式会社にはその発行する全部の株式の内容として、譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要することを定款に定めることができるとしました。(会社法第107条第1,2項)
譲渡制限付株式を発行している株式会社を株式譲渡制限会社または非公開会社といいます。中小規模の会社が多いです。定款で譲渡制限が定められた株式の譲渡承認をするのは取締役会ですが、取締役会を設置していない会社では株主総会で決議します。
株式会社有馬焼窯元清和は非公開会社で、社長(達郎)、専務(花子)、取締役(佐紀)の3人の役員がいますが、取締役会を定めていないので、息子の俊夫を含めた全株主4名で株主総会を開き、株式譲渡の承認をしなければならないのです。








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