1. 理事の相談

2024年10月11日

まえがき

 理事の相談は親友の医療法人代表者の長男が関わる投資話だった。

ストーリー

ラウンジ

 「銀座四丁目」の交差点角にある和光時計台の近く、細い通り沿いにある昭和レトロ感の漂う5階建雑居ビルの前に、一台の黒塗りレクサス LS500hL “EXECUTIVE" が静かに止まりました。急いで出てきた運転手が後部左ドアを開け、初老の和服姿の恰幅の良い男性がゆっくりと降りてビルに一人で入って行き、車はまた静かに発進しました。

 ビル奥の狭いエレベーターが3階に停止し、左側の廊下の奥から2軒目のドアの前に男性は立ち止まりました。そこには表札はかかっていません。しかしドアの右側の壁に付けられた8インチサイズのプレートに右手のひらをかざすと、ドアの錠が開く音がして内側に開き、男性は中に入りました。

 「万屋よろずや理事、いらっしゃいませ。」と、出迎えたのはホワイトの立ち襟シャツにレッドのスラックススーツを168センチの身長でスラっと着こなした栗原美雪です。

 北欧系の神秘的な美しさを漂わす透けるような白い肌と薄いブルーの瞳、栗色の長い髪、凛とした雰囲気、しかし柔らかい笑顔で相手を緊張させない賢さも持つ、大日本生命の会長が逸材と言ってなかなか手放したがらなかっただけのことはあります。

 「おー、みいちゃん、来たよ~」と、顔をほころばせた万屋理事は栗原にハグをしようとしますがスルリとかわされ、部屋に誘導されて中央に置かれたソファに腰掛けました。

 「いらっしゃいませ。」と声をかけたのはファミリーオフィス銀座の男性陣3名です。全員が濃いブラウンのスーツに薄いグレーのベスト、ホワイトカラーのシャツにレッドのネクタイを締めています。

 しかも、マスターの伊勢信一郎はバーカウンターの中でウエルカム・カクテルをシェイクしているではありませんか。

 そう、ここはファミリーオフィス銀座と隣接する、顧客の公益財団法人みやこ財団理事のためのエグゼクティブ・クラブラウンジ(Executive Club Lounge)「古都」なのです。

 ファミリーオフィス銀座の顧客は超富裕層でありかつ家名を重んじなければならない層であり、家族にも相談できない事業や相続の悩みを持つこともあります。そのような場合に、銀座に飲みに行くと称して立ち寄れる秘密の憩いの場を提供しているのです。何しろ、運転手が奥様に言い含められており、行動が監視されていることも多々あるのですから。

 「きょうは何かお悩みのことがあるのね。」と、万屋理事の隣に腰掛けて質問する栗原。

 「そうなんじゃ。わしの幼なじみが名古屋で医療法人を経営しているが、その長男が出来が悪くて医師国家試験に何度受けても通らず、仕方ないのでMS(メディカルサービス)法人を作って社長をさせているんじゃ。」

 「病院は優秀な次男と長女がそれぞれ外科部長と内科部長を務めているんじゃが、この長男が嫉妬してな。見返すつもりか、何かフランス製の手術支援ロボットの投資話を持ちかけられてその気になっとるそうで、幼なじみが心配してなあ。」と、万屋理事はウエルカム・カクテルをがぶっと飲んで、うまいと呟きました。

 「みいちゃん、伊勢くん、この投資話が大丈夫か調べてもらえんか。」

 「わかりました。では、この調査はリーダーの栗原にさせましょう。」と、伊勢信一郎は依頼を受けました。

 「私、頑張りますね。」と、栗原が優しく微笑んで言いました。

 「おー、みいちゃん、頼むよ~。」と、万屋理事は頬を赤らめて喜んでいます。

 「それはそうと、今日はママは?」と、万屋理事はキョロキョロしながら聞きます。

 「残念でした。ママは謁見えっけんよ。私も会えなかったの。」と、栗原美雪。

 「そうか、ママは特別参与だものな。会えなくて残念じゃ。」と、本当に残念そうな万屋理事。

 壁際に立っている金田俊哉が隣に立つ坂本金造に「今回はチーママの出番ですね。」とささやき、坂元はうなずきました。

解説

 第2話では、医師一家の問題に取り組むファミリーオフィス銀座のお話です。

 開業医の純資産の動きから医療法人設立を検討する時期、医療法人でできること、さらにMS法人の設立について解説します。

開業医の純資産

開業時

  医師が個人事業で医院開業した場合、損益上も医院維持費用が収益を上回り赤字経営であり、資産上も多額の借入金負債があり純資産額はマイナスです。

患者が定着するようになった時期(開業2~3年)

 損益上は黒字化していきますが、資産上の借入金負債は減少していますがまだ純資産額はマイナスです。

経営安定期(開業4年目以降)

 借入金残高が0となり純資産額がプラスに転じる段階で医療法人設立を考えることになります。

医療法人の設立

 同じ法人でも会社法人は会社法、医療法人は医療法で規定されています。病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設しようとする社団又は財団は、医療法の規定により、医療法人を設立することができます。つまり、社団医療法人にするか財団医療法人にするかになるのです。

 医療法人になると、その開設する病院、診療所又は介護老人保健施設の業務に支障のない限り、定款又は寄附行為の定めるところにより、次に掲げる業務(これに類するものを含む。)の全部又は一部を行うことができます。

  • 医療関係者の養成又は再教育
  • 医学又は歯学に関する研究所の設置
  • 巡回診療所、へき地診療所等の開設
  • 疾病予防のための一定の有酸素運動施設(診療所付)の設置
  • 疾病予防のための一定の温泉施設(有酸素運動施設付)の設置
  • 保健衛生に関する業務(薬局、あんま等の施術所、介護在宅サービスなど)
  • 有料老人ホームの設置

 つまり、病院や診療所以外の事業展開ができるのです。そして、医療法人には役員、社員、評議員、従業員といった構成員が存在することになります。ただし、医療法人は営利を追求できない非営利法人であることを忘れてはいけません。

 また、一定の要件を満たすとして都道府県知事の認定を受けた医療法人は社会医療法人を名乗ることができます。

MS(メディカルサービス)法人の設立

 なお、MS(メディカルサービス)法人は医療系のサービスを行う営利法人です。医療法人は営利目的で病院や診療所等を設立できませんが、MS法人を別に設立し営利事業したり、節税したりできるのです。MS法人をいかに活用するかも重要というわけです。

 ただし、医療法人の診療報酬請求がMS法人を通じて、経営者個人の利益に流用される事態は問題視されておりますので、節税の度を過ぎる方法は摘発されるリスクもあります。