2. アラブヘルス

2025年10月19日

まえがき

 ドバイの医療機器展示会で公表されたのはフランス製手術支援ロボットのファンド投資であった。

ストーリー

Burj Al Arab Jumeirah

 中東での最大規模の医療機器展示会であるアラブヘルス(Arab Health)は、気温も下がり晴れが多く過ごし易い毎年1月にアラブ首長国連邦のドバイ国際コンベンションセンターで開催されています。

 70か国以上の3,800社以上が出店し、世界180か国以上の医療関係者60,000人以上、企業代表者3,400人以上が集う「ヘルスケアの世界が出会う場所」であり、2025年には50周年を迎えようとしています。

 世界中の国別パビリオンが並ぶ中、今年ひときわ来場者の注目を集め賑わっているのは、フランスのパビリオンに展示されている医療機器メーカー マッドテックロボット社(Madtech robot) の手術支援ロボット「ボナパルト(Bonaparte)」です。

 なにしろ、アメリカ企業の手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ(da Vinci)サージカルシステム」を凌ぐしのぐ性能と前評判が高いのです。

 噂を聞きつけ世界中の医療関係者や企業代表者が群がって熱心にプロモーションビデオを見て説明を聞いていますが、しじゅう「What?」や「Oh!」など驚きの声が上がっています。その中には日本人らしい集団の姿も見受けられました。

 開催日の夜、ペルシャ湾の海上人工島にヨットの帆を立てた様な姿をした7ツ星ランクと言われる最高級ホテル「ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ (Burj Al Arab Jumeirah) のマリーナガーデン(Marina Garden) では、ボナパルトの日本販売総代理店 株式会社宅安メディカルが主催するパーティが開催されていました。

 招待客は日本のMS(メディカルサービス)会社代表者ら20名余り、シャンパングラスを手にして一人の男のスピーチに耳を傾けています。

 「ボナパルトは単なる手術支援ロボットではございません。現在世界で最も導入されているアメリカ製手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ(da Vinci)」に比べ全ての面で勝っておりますが、特に次の4点はすばらしいものです。」と、男は誇らしげに声を上げます。

 「1つ目は、医療特化型AI(人工知能)を搭載しており、全世界のボナパルトが手術経験を同期化し、術数を重ねるにつれどんどん治療技術が進歩していくことです。AIが手術の自動化技術を進めて執刀医の負担を軽減することが可能なのです。さらにブロックチェーン技術を応用して個々のボナパルトに蓄積された患者の個人情報は、治療経過を抽象化し同期するのみで、高度の守秘性を保つことが可能です。」

 「2つ目は、VR(バーチャルリアリティー)モニターと最新の触感センサー安全装置を搭載した低侵襲手術用ロボットの傑作であることです。現実空間と患者を再現した映像を見て感じて治療でき、執刀外科医の手の震えによるミスも防止いたします。また、5本のアームをAIによる補助を受けながら操作でき、執刀医はまるで5本の手を持っているかのように治療できるのです。」

 「3つ目は、ボナパルトの操作のために長期の研修日程が不要ということです。各ボナパルトにはVR(バーチャルリアリティー)操作シュミレーション機能が付いており、あらゆる治療ケースをその場で体験・学習できるようになっております。質問もAIが回答いたします。そのため、導入しても利用できる執刀医がいないなどという事態にはなりません。」

 「そして、最後にこれが本日お集まりの皆様の最も気になる点でしょうが、ボナパルトの皆様への販売価格は何と無料・・であります。医療機関は初期投資の費用不要で導入でき、維持費や新機能アップデート等全て含まれたリース料のみ負担すれば良いことになります。しかも、リース料はダ・ヴィンチ(da Vinci)の半額とします。」

 「このようにしてボナパルトの普及台数を増加させ、臨床例の実績を積み上げ、保険適用分野を飛躍的に増やすことを目的としています。したがって、ダ・ヴィンチ(da Vinci)でまだ一般的ではない脳外科手術も保険適用を目指します。」

 Wow!っという招待客の驚きの声とざわめきを満足したように見渡すと、その少し薄くなった黒髪を七三に分け、黒縁のメガネをかけた神経質そうな小太りの男は、紺色のダブルのスーツにシークレットシューズを履いて少しでも自分を偉く大きく見せようとし、エヘンと咳をして締めに入りました。

 「ドバイにご招待させていただいた皆様方は、ボナパルトを無料購入し日本国内の国公立病院及び民間医療施設にリース事業を展開するという、このボナパルト事業に投資できる幸運を手にされたわずか20社余りのMS(メディカルサービス)会社の代表者の方々でございます。」

 「投資方法は、ファンドを設立し、メガバンク 丸々AHOエーエッチオー銀行が独自に開発した仮想通貨「ヒョット・コイン」でしていただきます。なお、日本国内の8千超の病院と10万超の診療所、7万弱の歯科診療所の中で、現在導入されているアメリカ製の ダ・ヴィンチ(da Vinci) はわずか約700台であります。日本の医療施設に我々の手によってフランス製のボナパルトを普及させようではありませんか。」

 株式会社宅安メディカル代表取締役社長 宅安漬雄たくあんつけおは、歩み寄った女性から手渡されたシャンパングラスを差し上げて、「乾杯!」と唱和しました。

 そして彼にシャンパングラスを渡した、アバヤ(abaya)という黒いアラブの民族衣装のドレスを着て栗色の長い髪をスカーフで覆った青い瞳の美麗な女性、そう栗原美雪も乾杯を唱和したのでした。

解説

低侵襲ていしんしゅう

 低侵襲ていしんしゅう手術は、患者の身体への負担をできる限り低くした手術です。手術用ロボットを利用することにより、従来の手術のような大きな切開は必要なく、わずか1~2cm程度の小さな切開部を数箇所設けるだけで治療を可能にしています。

ダ・ヴィンチ

 アメリカ企業の Intuitive Surgical Inc. のダ・ヴィンチ(da Vinci)サージカルシステムは、世界で最も普及している低侵襲手術用ロボットです。といっても普及台数は世界でも約9,000台ほどで、日本では約700台しかありません。

 その希望小売価格は、「XI」(4本アームタイプ)が約3億円、「X」(3本アームタイプ)が約2億円、その他に年間保守(メンテナンス)費用も1,000~2,000万円必要です。また、アームの先端の手術器具等(インストゥルメント)は使い捨てで手術の都度買い替えが必要となります。

 リースの場合は、メンテナンス費用含めて月1,000万円前後かかります。

 ダ・ヴィンチ「SP」はシングルアームの先に4本の先端アーム(1本はカメラ、3本はインストゥルメント)が付いており、1つの切開創から治療ができ、従来より狭小スペースからのアプローチを可能にしています。

 手術できる範囲は広く、泌尿器(前立腺、膀胱)、消化器(食道、胃)、子宮、呼吸器(肺)、心臓、脳などです。ただし、保険適用は前立腺全摘出手術と腎臓がん部分摘出手術などのみ可能であり、心臓外科手術など他患部では自費治療となっています。臨床試験実績を積んで、適用範囲の拡大が望まれます。

ヒノトリ

 日本製の低侵襲手術用ロボットです。2013年に川崎重工業とシスメックスの共同出資により設立された株式会社メディカロイドの手術支援ロボット「hinotori™ サージカルロボットシステム」が2020年に製造販売承認を取得しました。

 特徴はダ・ヴィンチに比べてコンパクト設計されていることです。また4本のオペレーションアームは8軸構成で人の腕のような滑らかな動きを誇ります。

 まだ国内普及も数十台の程度ですが、国産のロボットの進展に期待したいところです。

保険適用ロボット支援手術

 2018年度診療報酬改定で保険適用されることになったロボット支援下内視鏡手術は、以下の12件(肺、食道、胃、腸、膀胱、子宮)に拡大しました。

  1. 胸腔鏡下縦隔悪性腫瘍手術
  2. 胸腔鏡下良性縦隔腫瘍手術
  3. 胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術(肺葉切除又は1肺葉を超えるもの)
  4. 胸腔鏡下食道悪性腫瘍手術
  5. 胸腔鏡下弁形成術
  6. 腹腔鏡下胃切除術
  7. 腹腔鏡下噴門側胃切除術
  8. 腹腔鏡下胃全摘術
  9. 腹腔鏡下直腸切除・切断術
  10. 腹腔鏡下膀胱悪性腫瘍手術
  11. 腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術(子宮体がんに限る)
  12. 腹腔鏡下膣式子宮全摘術

 (6の腹腔鏡下胃切除術は先進医療Bとしてすでに行われ、先進医療会議で十分な科学的根拠を有すると評価された)

 さらに2022年度には下記ロボット支援手術も保険適用が認められました。

  • 喉頭・下咽頭悪性腫瘍手術
  • 中咽頭悪性腫瘍手術(前壁切除)
  • 中咽頭悪性腫瘍手術(前壁以外)
  • 総胆管拡張症手術
  • 肝切除術
  • 結腸悪性腫瘍手術
  • 腎悪性腫瘍手術
  • 尿管悪性腫瘍手術
  • 副腎腫瘍摘出手術
  • 副腎腫瘍・髄質腫瘍(褐色細胞腫)切除手術

 なお、子宮悪性腫瘍(広汎切除等)、骨盤内蔵全摘出、鼠径ヘルニア手術等は保険適用が見送られています。

 上記ロボット支援手術に関しては、手術実施前に一般社団法人 National Clinical Database(NCD)に術前症例登録を行うことを必須条件と決定しています。

 日本内視鏡外科学会では、ロボット手術について下記の導入指針を作成しました。

 「ロボット支援内視鏡手術導入に関する指針(全領域共通)」(2024年10月)

リース事業

 低侵襲手術用ロボットをリースするには、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器等法)を順守しなければなりません。

 MS法人が医療機器をリースする場合に、ダ・ヴィンチ等の手術ロボットは高度管理医療機器(クラスⅢ)となりますので、医療機器貸与業許可があらかじめ必要となります。

 MS法人が経営が同じグループ医療施設に医療機器リースをする場合、法外なリース料を設定して医療施設の法人税削減を狙っても、税務署に法外なリース料は経費として否決される危険性がありますので注意が必要です。