8. 後継者育成
まえがき
有馬焼窯元宅では娘が結婚して初めての里帰り中です。
ストーリー

兵庫県神戸市北区有馬町にある皇室献上の陶器有馬焼窯元の工房は1階が店舗と陶芸教室、2階が工房、最上階の3階は窯元の川西達郎夫婦が住んでいます。いつもは静かな居間ですが、今日は昨年東京に嫁いだ窯元の娘佐紀さんが夫と初めて里帰りしてにぎやかです。8畳と6畳の続き間の和室には主人以外がテーブルを囲んで座っています。座布団にも「有馬焼」の文字が染め抜かれています。
「お母ちゃん、それ危ないとこやったやん。お父ちゃんに相談せんと銀行行くからやで。」と佐紀さんが言います。テーブルの上には、玉露を注いだ有馬焼の湯飲みと持参したお土産の人形焼きの箱が蓋を開けて置かれています。
「この湯飲み、焼きがちょっと甘いんちゃう。」とまで言います。
「そんなん言うたかて。俊夫のことやからほんまやと思ったんやわ。」と、まるで自分の責任ではないといいたげに奥さんは答えます。奥さんは長男俊夫くんを名乗る詐欺電話にあやうく騙されかけたのです。
「あっ、一八さん、足崩してゆっくりしてよ。」と娘の旦那さんに気を遣います。
「わたしがおらへんかったら、ほんまあかんねえ。」と、若奥さんは上から目線です。その隣で一八さんは申し訳なさそうに正座を崩さずにいます。
「それにお母ちゃん、俊夫はもう社会人やねんで。何でこづかいを送金するのよ。」
「それはお父ちゃんに内緒やで。機嫌悪くなるから。」と、大きな地声で話すものですから、仕事の手を休めて娘の顔を見に階段を上がってきた主人にまる聞こえです。
「何や、俊夫にまだ金送っとんか!」と、窯元はとたんに機嫌が悪くなりました。
チラリと一八さんを見てバツが悪そうに、「ああ、悪いな一八くん、しょうもない話聞かせて。ゆっくりして下さいな。」とニッコリし、また奥さんの方を向いた。
「ええか、もう金を送って甘やかしたらあかんで。何のために外の会社で修行させてると思てんねん。」と、こんな調子ではいつまでたっても俊夫に後を継がせるわけにはいかないと川西達郎は頭を抱えるのでした。
解説
後継者育成の難しさ
事業後継者をどのように育成し継続企業の事業承継をしていくかが、一定の年齢に達したオーナー経営者には切実な問題となります。本来、長男ないし長女にスムーズな引継ぎがされることが理想ですが、次期社長として企業の経営理念を十分理解・体得し、取引先との長期的な関係をうまく続ける知識も身に付けて配慮でき、社内の役員や従業員にも軋轢なく受け入れられかつ従わせることができなければなりません。特に創業者のカリスマ性に社員がついてきている場合は、後継者が頼りなく反抗する者が出やすくなるので注意が必要です。
川西達郎は窯元清和の後継者となるべき長男俊夫を外部上場企業に入社させて社会人としての基本を身に付けさせようと考えたのでした。大企業ではOJTなど入社何年目に何を身につけるべきかの社内教育が充実しているからです。これは堅実な選択です。その一方、その企業で広いフィールドで実務経験を積んでいくと、家業の引継ぎに魅力を感じなくなる危険性があります。
また、当初から社内で後継者として育てる場合も、社内の人間は社長の子息として腫れ物を扱うように対応し十分な教育が行えず、周辺にはイエスマンが占めてしまい、本人が実力以上に自己の過大評価をしてしまう危険性があるのです。悪いケースではこうして引き継いだ後に自分が先代より優れていることを証明しようとこれまでの企業の経歴を無視した思いつきで経営方針を変更してしまいます。創業後長い年月で築き上げてきた企業のイメージを損なう危険性も生じるのです。本来は事業の一部の店舗のみで実験し、成功すれば徐々に展開していけば良いのですが、もともと思いつきなのでいきなり全店で大きく舵を切り、最悪転覆してしまう危険性もあるのです。








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